平安時代から現在まで繋がる京町家の歴史

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京町家イメージ

平安時代、長い京町家の歴史の始まり

京町家の歴史は長く、平安時代まで遡ることが出来ます。

平安時代に京都はブロックごとに分けられ、綺麗に町が整えられました。ブロックを更に細分化して全部で32区分にまで分けられ、その1つ1つを一戸主として住民の土地として分け与えられました。一戸主で約130坪、細長い土地で、それが「ウナギの寝床」と呼ばれる京町家の作りになったと言われています。

室町時代に入ると、道を中心とした家作りに変わっていきました。道を中心として作られた家は、「両側町」と「片側町」の2種類があります。この時代の京町家の間取りは、片土間型と言い、土間と居室のみがありました。

居間は手前と奥と2つに分かれていて、これは京町家の特徴である居住と商売が一緒になった作りに似ています。公私を使い分けているのが京町家で、奥の私生活は外に見えないようにしていました。

これらのことから、片土間型の京町家の間取りは室町時代から始まったと言えるのではないでしょうか。

安土・桃山時代から江戸時代では、京町家に大きな変化が起こります。京都の町割りが変わり、短冊形へと変化しました。それにより、かなり細かく町が区画されることとなり、「路地」という小道が多く生まれました。

細長い道に家が軒を連ねている京都の今のような光景は、この時代から続いています。

江戸時代後期、京町家の形式の確立

江戸時代後期になると、更に現在の京町家に近付いてきます。江戸後期から京町家の外観が揃えられるようになったからです。何故、統一しようとなったのか、きっかけは分かりませんが、厨子二階、虫籠窓、出格子という、今の京都でもよく見る京町家の光景が誕生しました。

しかし、1864年の「どんどん焼け」という大火事で、ほとんどの京町家は燃えてしまいました。そのため、今京都で見ることが出来る京町家は1864年以降に建築されたもので、6割が築70年から築100年となっています。それでもかなり歴史が感じられる築年数です。

明治・大正から昭和では、今と変わらない京町家が建てられます。2階にも居室がある京町家です。現在京都にある京町家の大多数は、この時代と変わらない作りの京町家となっています。

現在、歴史と伝統文化がある京町家のリノベーション

そういった歴史を経て現在に至るわけですが、京町家は今ではあまり人気が無く、1年間につき約100件が無くなっています。現代的な生活スタイルに合わないから住みにくい、維持費が大変など、手放す理由は様々ですが、それを食い止め、歴史と伝統文化がある京町家を保守しようと、最近有効活用されている方法が、リノベーションをして京町屋として利用する民泊やカフェです。

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