京町屋ならではの、大きな魅力について

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ここでいう「京町屋」あるいは「京町家」とは、もともと江戸期中頃の京都において、見られ始めるようになった建築様式の一種であり、職住一致という住居仕様の造りである屋敷類の仕様でもあります。

このため、本来の我が国における日本文化そのものの生活様式を一番表現している住居形式として、国内外からの大変高い評価があるようです。現在このような京町家自体の住居形式の仕様が、大変な人気が出てきている感じがあります。

京町屋の基本構造

基本的な構造としては、伝統的な日本特有ならではの軸組木造といったような基礎建築からなり、奥行きが大変長い造りで、間取りとしていわゆる通り庭や続き間、坪庭あるいは奥庭などが存在する、あるいは過去にそれらを設置していた形式が一般的です。

そして外観としては、よく見られる瓦屋根や大戸及び格子戸、出格子、中籠窓、土壁、付け雨戸などがあり、これらは諸外国人の観光客や留学生の方などからも大変人気が高く、ネットや雑誌などでの口コミや体験談等で挙げられたりしていますので、大変注目をされている様子でもあります。

京町屋の始まり

そして、この京町家の始まりそのものについて触れてみます。京町家の隆盛期は確かに江戸中期ですが、起源自体は平安時代中期頃あたりに遡ると言われています。江戸時代よりもさらに600年程昔になります。

その当時の藤原氏政権時代に、全国各地から公家などにより徴用されてきた様々な職人や、商人などの庶民が、当時の都である平安京の街中に住むようになりました。

それらの人々が自分達の土地家屋を所有するために、公家からそれらを買い取り、暮らしそのものの拠点を平安京の街中の大通りや小路などに面した空間に求め、小屋などを造り、奥行きの構造が発達したのが、京町家そのものの始まりでした。

それらが時代が下る分において、軒を連ねながら建ち並んでいくようになり、通り自体がその各軒毎に住む方同士の日常的会話その他の様々な互いの交流の場となり、現在までに至る文化財都市としての京都という形に至る事になります。

このため、中国の長安(現在の西安市)を基にしながら、京町家という日本独自の住居仕様の家屋がこの京都を形成してきたといっても、決して過言では無いのかもしれません。

観光スポットとしての京町家

観光情報などにおいても、こうした京町家式の建築仕様などといったものは全国的にも大変珍しく、京都市内における国内外の観光スポットとしての定義付けをしている働きも十分にあります。