パリ・オペラ座バレエ団日本公演 – 第2幕 opera national de paris

488

マチュー・ガニオ(*1)の怪我による来日中止という悲惨な前情報が巡った
2017年早春のパリ・オペラ座バレエ団日本公演をお知らせ致します。

80年代から2000年代の数多煌めくエトワール(スター・ダンサー)・ダンサー
が活躍した時代からはかなり寂しい面構えとなった公演でしたが、そこはオペラ座
ならではの底力を知らしめた内容でした。
しかしながら、名実ともにオペラ座をその双肩に背負っているガニオの休演に
は多くのファンの嘆き節と溜め息が漏れ聞こえました。

約20年にわたりオペラ座を統率し、数々の名舞台を演出した
ルフェーブル芸術監督が去り、その後任のミルピエ(今回上演演目の「ダフニスとクロエ」
の振付家)体制のゴタゴタを見事に収めた、オーレリー・デュポン(*2)新監督のオペラ座
生え抜きのロイヤル・プリンセス然とした采配が光った全公演でした。

「ラ・シルフィード」全幕の後に、3月9日からは「グラン・ガラ」として
バランシン(*3)振り付け    「テーマとヴァリエーション」
ロビンズ振り付け      「アザー・ダンス」
前監督のミルピエ振り付け  「ダフニスとクロエ」

12日までの全10公演を東京文化会館でつつがなく終えました。

「グラン・ガラ」の11 日は、芸術性の高い舞台でした。
オペラ座ならではの、洗練されたバランシン・スタイルの「テーマとヴァリエーション」
(冒頭写真)は、チャイコフスキーの色彩を完璧なまでに表現していました。この夏の
バランシンの本拠地とも云えるNYでのNYCB(NYシティ・バレエ)との合同公演への期待が
嫌がおうでも高まります。
ボリショイ、オペラ座、NYCBと云う世界のtop10にランクされるバレエ団が一堂に会し、
バランシンの「ジュエルズ」というタイトルの如くの珠玉の作品の誕生50年を記念した
公演が予定されています。これは世紀の公演です。

公演仔細:  http://www.lincolncenterfestival.org/

「ウェスト・サイド・ストリー」
多くの皆様が一度はご覧になっているでしょう、
アカデミー賞10冠に輝く米国映画、トニー賞受賞のブロードウェイ・ミージカルの
この名作の原案、及び振り付けは、バランシンからの系譜を受け継ぐジェームズ・ロビンズ
(96年に他界された時には、CNNでも速報が流れたほどでした)、実は彼は親日家で、
霞町の「キャンティ」にも来日の度に訪れていました、サインもある筈です。
この名振付家の代表作の一つとも云える「アザー・ダンス」を情感豊かに踊りきった
エトワール(星の意味のフランス語、主役を踊るスターとも言えます)・ダンサーを
ご紹介したいと思います。 筆者の中では、あの黄金時代のルグリ(*4)とルディエール(*5)
の息を呑むような美しい「アザー・ダンス」に次ぐ見応えのある公演でした。
今回、写真のシルフィードの主演も好評でしたが、筆者としてはアザー・ダンスを
一押ししたいと思います。


「Ludmila Pagliero リュドミラ・パリエロ」
(東京文化会館で、”出”を待つ後ろ姿
@florentbon)

彼女は、フランス人でなくアルゼンチン出身です、
ひと昔前であれば、外国人はオペラ座団員にはなれま
せんでした。オペラ座バレエ学校の卒業生でもありま
せん。本場エリートのオペラ座バレエ学校の卒業生でも
全員がエトワールになれる訳でなく、そのエリート軍団
を抑えてエトワールまで登り詰めた努力と才能と
気遣いの女性です。
チリのサンチャゴ・バレエ団でのソリストを経て、2003年に、第7回NY国際バレエ・
コンクールで銀賞を受賞、
その後アメリカン・バレエ・シアターを経てオペラ座に入団。 4年後にスジェへ昇格、
2010年にプルミエール・ダンスーズへ昇格と、徐々に頭角を現しました。彼女のアドバンテージはクラシックの大作からコンテンポラリー作品も踊りこなせる確かな
技術と、高い情緒性を合わせ持つところでしょう。

2012年3月22日、急遽の代役として(2年ぶりに、僅か1時間の練習の後)古典の大作
「バヤデール」の「ガムザッテイ」役を見事に踊った直後にエトワールに任命されました。
この「ガムザッテイ」は非常に重要な役どころで、このソロの出来で作品全体の印象も
変わります。その任命の貴重な瞬間が 「バヤデール」公演がライブシネマの形で各映画館へ
配信中継されていた為、現場のオペラ座バスチーユ劇場の観客だけでなく、フランスのみ
ならず、海外の大都市で多くの人々が、この感動の瞬間を共有するという話題性を持ち
合わせたダンサーです。

今回の来日公演での「アザー・ダンス」は特筆すべき内容でした、ここまでの情緒性を
醸しだせるダンサーはそう多くはありません、
オペラ座専属のピアニスト、ペロフスカの奏でるショパンの名曲に彩られ、圧倒的なまでに
観客を魅了しました。しなやかなステップはトウシューズを感じさせず、トウ
(実は結構硬い)の音も筆者には聞こえませんでした。
リュドミラが「ワンダフル」パートナーという、年下かつオペラ座生え抜きのエトワール、
エイマン(*6)との息も合った、本当に美しいパ・ド・ドゥでした。

最終演目だった「ダフニスとクロエ」には、芸術監督のオーレリー自ら主演。一旦は
オペラ座で現役ダンサーに幕を引きましたが、引退後の昨年11月には東京でベジャール
振り付けの「ボレロ」にも主演してもいます。
「ダフニスとクロエ」は、「ボレロ」と同じラヴェル(*7)の曲に振り付けされた、
まさしくフランス的な作品であると云えるでしょう。オーレリーの堂々とした踊りは
「アザー・ダンス」のリュドミラとは、また全く違った味わいで圧倒されました。
「円熟期の艶」、引退してもここまで踊れるのが、最高峰のパリ・オペラ座のエトワール
としての「矜持」、あるいはプライドなのでしょう。技術にも衰えがありません。
現役時代と変わらない練習量を保っているのではないでしょうか。
オーレリーがエトワールに任命された90年代は、綺羅星の如くのスター・ダンサーが犇めく
時代でした。その時代と比べると、現在はかなり寒い状況と言えますが、今回の公演
を見て、スター不在であっても、何があっても、一定の水準を維持できるということが、
パリ・オペラ座が世界最高峰である所以と改めて思いました。

次回のパリ・オペラ座日本公演は未定ですが、本年7月にオーレリーが率いるオペラ座
エトワールと、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル・ダンサーの夢の共演、
バレエ・スプリーム
が予定されています。 今年もまた、「世界バレエフェスティバル」(*8)のような暑い
バレエの夏となりそうです。

〜 登場人物紹介 〜
*1 – M. ガニオ
Mathieu Ganio 1984年3月16日生まれ、フランス、マルセイユ出身。
父はデニス・ガニオ(Denis Ganio、1950年4月25日 – )、
母はドミニク・カルフーニ(Dominique Khalfouni、1951年6月23日 – )という、バレエ界の
超サラブレッド。 両親とも世界的なバレエダンサーで、来日公演もしている。筆者は、まだ幼少の
マチューを伴って母ドミニクが世界バレエフェスティバルに来日した際に、初めてマチューに会い、
その天使のような可愛さとやんちゃぶりを今でも鮮明に覚えている。
1992年 マルセイユ・バレエ学校に入学
1998年 バレエ学校の公演で来日
1999年 パリ・オペラ座バレエ学校に編入
2001年 パリ・オペラ座に入団
2003年 スジェに昇進
2004年 5月20日「ドン・キホーテ」の主役バジルを踊り、飛び級でエトワールに任命される
実妹マリーヌ・ガニオ(Marine Ganio)もパリ・オペラ座のダンサーである。
現在は、名実ともにオペラ座を背負った活躍をしている。

*2 – オーレリー. デュポン
Aurélie Dupont 1973年1月15日生まれる、フランス・パリ出身。
10歳でパリ・オペラ座付属バレエ学校に入学。
1989年 バレエ団入団
1992年 ヴァルナ国際バレエ・コンクールのジュニア部門で金メダルを受賞
1998年 12月31日、ルドルフ・ヌレエフ演出『ドン・キホーテ』の舞台後、エトワール任命
マニュエル・ルグリとのパートナーシップが特に名高く、黄金時代を支えた一人
2001年 ブノワ賞、 シュバリエを受賞
2015年 5月18日『マノン』を最後の舞台として42歳で現役ダンサーを一旦は引退
2016年 2月4日にパリ・オペラ座バレエ団芸術監督に就任
本公演は、監督として初めての来日。二人の子供がいる、夫君もダンサー。

*3 – バランシン
George Balanchine, 1904年1月22日- 1983年4月30日
ロシア、サンクトペテルブルク出身、1921年にペテルブルクの旧帝室バレエ学校を卒業し、
1924年までマリインスキー劇場にバレエダンサーとして出演。その後、ロンドンで近代のバレエ
のみならず、あらゆる芸術に影響を与えた「バレエ・リュス」の主宰者セルゲイ・ディアギレフに
認められ、バレエ・リュス参加。バレエ・リュスは、ストラビンスキーからシャネルまで、大きな
影響を与え、文化と芸術の発展に寄与している。ディアギレフの死後はパリ・オペラ座バレエの
バレエマスター就任を依頼されたが、結核のためにこれを受けることが出来ず、回復後に
デンマーク王立バレエ団のバレエマスターを経て、バレエ・リュス・ド・モンテカルロの旗揚げに
参加。
渡米後1935年、アメリカン・バレエ (The American Ballet)を旗揚げ、1946年にバレエ・
ソサエティを設立、後のニューヨーク・シティ・バレエ団となる。ブロードウェイ・ミュージカル、
ハリウッド映画、創成期のテレビ業界でも活躍、1983年に79歳で他界。子供は居ないが4人の
バレリーナと4度の結婚をする。現在、どのバレエ団でもガラ公演をする場合には、必ずと
言っていいほど、バランシンの作品を1演目は入れます、評価の高い振付家です。
代表作;
1929年 『放蕩息子』
1946年 『四つの気質』
1947年 『テーマとヴァリエーション』、『シンフォニー・イン・C (水晶宮)』
1957年『アゴン』
1960年『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
オペラ座を始め、世界のバレエ団の正式演目として今も繰り返し上演されている。

*4 - ルグリ
Manuel Legris 1964年10月19日生まれ、フランス人パリ出身。
1976年 11歳でオペラ座バレエ学校に入学
1986年 7月、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で、 ルドルフ・ヌレエフ振付『ライモンダ』 の主役
ジャン・ド・ブリエンヌを踊った後、当時のオペラ座芸術監督であったヌレエフの指名で、
第一舞踊手(プルミエ・ダンスール)を飛び越し、エトワールに任命された。21歳。
以後23年間オペラ座で、エトワールとして輝き続けた。
英国ロイヤル・バレエ、ニューヨーク・シティ・バレエ、キューバ国立バレエ、東京バレエ団、
モンテカルロ・バレエ、シュツットガルト・バレエ、ハンブルク・バレエなど世界中で客演、
真の実力、芸術性、技術性を持ち合わせたスター・ダンサー。
終身客演ダンサー(the permanent guest dancer)として、ミラノ・スカラ座バレエ、
メトロポリタン歌劇場バレエ、ウィーン国立歌劇場バレエ、ボリショイ・バレエ等にも客演。
1988年 ニジンスキー賞 (2000年にも再度受賞)
1993年 芸術文化勲章(シュヴァリエ)
1998年 ブノワ賞
2006年 12月 ~ 2007年 NHK スーパーバレエレッスン
2007年 2月 レジオンドヌール勲章
2009年 5月15日「オネーギン」を最後にエトワールを引退、同日芸術文化勲章(コマンドゥール)を授与
2010年 9月よりウィーン国立歌劇場バレエ団芸術監督。
婚歴、子供もなく、かってはシルビー・ギエムが恋人とも噂された。この夏にも来日公演の
予定がある。

*5 – ルディエール
Monique Loudières 1956年4月15日生まれ、フランス人。
オペラ座バレエ学校を経て、卒業後の1972年にオペラ座バレエ団に入団。
1982年7月 パトリック・デュポンと踊った『ドン・キホーテ』でエトワールに任命
1980年代から1990年代のオペラ座を代表するバレリーナ、来日回数も多く、世界中
で評価が高い。 筆者には、ルグリとの「アザーダンス」、同じくルグリとの
ノイマイヤー振付「椿姫」等、忘れられないほどの美しい作品が多数ある。
1991年 ドキュメンタリー映画『ルディエール・オ・トラヴァーユ―鳥のように』製作
1996年 エトワールとしてはオペラ座を引退、が、現在もゲスト・アーティストとして、
世界中で活躍中、カンヌ・ロゼラ・ハイタワー・バレエスクール校長。

*6 – エイマン
Mathias Heymann 1988年生まれ、フランス人、現在最年少エトワール
2001年 オペラ座バレエ学校入学
2004年 オペラ座バレエ団入団。
2006年 AROP(パリ・オペラ 座後援会)賞、カルポー賞
2009年 4月16日「オネーギン」のレンスキーを踊り、終演後エトワールに任命される
2012年 ブノワ賞
2014年 芸術文化勲章(シュヴァリエ)
2016年 6月「海賊」のコンラッド役でアメリカン・ バレエ・シアターにデビュー
この7月にもバレエ・スプリーム講演で再来日の予定の、人気急上昇中の若手ダンサーである。

*7 – ラヴェル
Joseph-Maurice Ravel 1875年3月7日 – 1937年12月28日
近代フランスを代表する作曲家
音楽好きの父の影響で、7歳でピアノを始め、12歳で作曲の基礎を学ぶ。名門パリ音楽院で
ガブリエル・フォーレやエミール・ペサールに師事、14年の有意義な時間を過ごす。
『亡き王女のためのパヴァーヌ』、『水の戯れ』、『スペイン狂詩曲』等の名曲を作曲。
1907年 バレエ・リュスの主宰者セルゲイ・ディアギレフからの委嘱により
『ダフニスとクロエ』を作曲
1928年 オックスフォード大学の名誉博士号を授与、『ボレロ』作曲

*8 – 世界バレエフェスティバル
1976年に東京で開始された世界バレエフェスティバルは、公益財団法人日本舞台芸術振興会が
主催し、出演者の各国大使館が後援する、3年ごとに定期的(以前はオリンピックと同じ年に)
に開催されるバレエ公演である。通常の公演と異なるのは、その出演者のレベルの高さ、
世界的な名声を持つダンサーのみが招聘され、各バレエ団の枠を超えた内容が見ることができる。
前回は2015年に開催された。

〜*〜*〜*〜*〜*〜*
s.m. yoshida
March 31, 2017