ダンテ・ガブリエル・ロセッティ

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ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti 1828-1882)

昨今、世界文化遺産登録で、話題沸騰の東京、上野の「国立西洋美術館」、下↓は松方コレクションに所蔵されている
作品(Loving Cup)です。
私は、何か特別展があった際のついでに会いにいくこともありますが、少なくとも年に1回は会いに行きます。
ロセッティの作品群のなかで、特に評価の高い1枚という作品ではありませんが、この作品が日本にあることが喜びです、
戦争を含む歴史の狭間、時の変遷を経て、はるばる英国からはるか彼方のこの日本の地に、この作品が来てくれたことが嬉しく、
そして、ご縁を感じます。

loving cup

改めて、松方コレクションのコーナーで、このコレクションを買い集めた現川崎重工初代社長の故松方幸次郎氏の偉業の
ご紹介をしたいと思います、可能なら、その松方氏の孫の故ハル・ライシャワー元駐日米国大使夫人との思い出にも
触れたいと思います。

日本での本格的なロセッティ 作品の紹介は、1990年の渋谷文化村ミュージアムでの英国と日本の友好を記念する
「英国年」の関連記念イヴェントでの、おそらく日本では初めての「ロセッティ」展でしょう、代表作が揃いました。
もちろん、西洋美術館から「loving cup」も参加。
次は、枚数は90年とは比較にはなりませんが、2002年の上野国立西洋美術館での「ウィンスロップ・コレクション」です、
この際には↓「海の呪文」が初来日、圧倒的に美しかったです。 同一展示ではありませんでしたが、「loving cup」
の紹介もあり、多くの人が特別展だけでなく、松方コレクションを観に階下へおりてきました。
2012年の丸の内三菱一号美術館での「バーン・ジョーンズ展」でも、ロセッティ作品が数枚展示されました。
面白いことに、上記3展のスポンサーは全て東京新聞です、もしかしたら、東京新聞の幹部の方に、ロセッティの
ファンがいるのかもしれませんね。
さて、次はいつ日本でまた沢山のロセッティの作品に会えるのでしょうか。

「プロセルピナ」 (Tate Gallery, London所蔵)

来歴

1828年 イタリア系移民の子としてロンドンで生誕、父親のGabriele Pasquale Giuseppe Rosettiは詩人であり、キングス・カレッジのイタリア語の教授。
1837年 9歳、キングス・カレッジに入学し、絵画を学ぶ。
1841年 キングス・カレッジを退学し、私立の絵画学校ケアリーズ・アート・アカデミーとヘンリー・サスの素描学校で絵画教育を受ける。
1846年 18歳でロンドンの王立アカデミー付属美術学校に入学。
1848年 王立アカデミー退学、その後フォード・マドックス・ブラウンに師事。同年、ロセッティは王立アカデミーの学生であったジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・ホルマン・ハントの2名と「前ラファエロ兄弟団(ラファエル前派)Pre-Raphaelite Brotherhood」を結成。
1849年 ラファエル前派としてはじめての大作「Girlhood of Mary Virgin」をハイドパークコーナーの展覧会に出品
(ラファエル前派のメンバーは、自分の署名と一緒にPre-Raphaelite Brotherhoodの頭文字である「P. R. B.」の文字を記載)。
1850年 ラファエル前派の機関誌「ザ・ジャーム」刊行。 ロセッティはこの機関紙に詩と小説を掲載。 同年 「Ecce Ancilla Domini」を出品、この作品は強烈な批判にあう。 「P. R. B.」が反アカデミズムを掲げる若造グループであると認識され、ラファエル前派はマスコミからも叩かれる。
その後、油彩画をやめてアーサー王物語、聖書、ダンテ、チョーサー、シェイクスピアなどの主題を水彩で描き、美術展に出品せずに私的に販売。
1856年 ウィリアム・モリスは芸術と詩の雑誌「Oxford and Cambridge Magazine」を出版。モリスとバーン・ジョーンズはロセッティにその執筆の依頼し、この執筆が縁となり、三人は友人となる。
1860年 32歳、 モリス(ジェーン・バーデンと1859年)の結婚に影響され、エリザベス・シダルと10年の婚約期間を経て結婚。再び油彩画へ回帰し、主題は女性となる。
1861年、ウィリアム・モリスは装飾アートの会社「Morris, Marshall, Faulkner & Co.」(後のモリス商会)を設立、ロセッティも創業メンバーとして参加。
(モリス商会は、後の「アート・アンド・クラフツ運動」、そして20世紀のモダンデザインの源流でもあり、現在でも当時のデザイン・モチーフの作品を購入することができる)
1862年 妻エリザベス・シダルが死産を苦慮し、自殺。
1863年 亡妻エリザベスを偲び、代表作の一つ「ベアタ・ベアトリクス」を描く。
1865年 37歳、ロセッティとウィリアム・モリスの妻、ジェーンとの恋愛が始まる。
1872年 44歳、最初の詩集への悪評に悩みアルコールに溺れる。
1850年 展覧会で不評を買い、油彩を再度止め、展覧会からも遠ざかる。
1874年 モリス商会から解雇、彼の後期の代表作の一つとなる、モリスの妻自身の恋人であるジェーンをモデルにした「プロセルピナ」を完成させる。
1877年 49歳、薬物の影響も相まって末期状態となり、親族に引き取られる、モデル兼恋人であったファニー・コンフォースからも引き離される。
1882年 腎臓炎によりケント州バーチントンで死亡、享年54歳。

アートのご紹介

当サイトは、他の学術的に各画家・アーティストの方の画業や画力を説明や格付けする目的ではなく、
単に作品を紹介するサイトです。 そして、

「そろそろ絵画とか美術品たいな・・・」
「何か『素敵な絵』を買いたいな、どうやったら買えるのだろうか・・・・」
「おすすめな作家さんは、画家は?」
「初めて高額な作品を買うのは怖いな・・・」

といったような初心者の皆様のためのアートサイトです。
当サイトでは、画像で申し訳ないですが、感じて、観て頂き、
そこで、気に入った作品に出会えたら
「実際に実物を観ていただきたいな・・・」と思っています。

お気に入りの作品に出会えたら、これもご縁ですから、
是非、一枚、お手元へ持たれたら如何でしょか?

そんなお手伝い、ご提案をできたらと思っています。

海の呪文

彼の伝記や紹介サイトを見ればすぐわかることですが、ロセッティは、かなりだらしない人生でした・・
上記の自画像の通り、現代基準でもかなりのイケメンです、ご想像どおりモテモテで、多くの色恋沙汰があり
来歴でも記するほどの大不倫もしています。加えて、時代背景もありますが、酒、麻薬に溺れるという
今でなら、大芸能ゴシップでTVで連日報道されたことでしょう・・・
しかしながら、これだけ色気のある作品は、そういう経験というか嫌な言葉ですが、放蕩しないと
なかなか描けないと思うのです。 伝記や来歴を読まれて、不倫やアルコール中毒というマイナスイメージの
言葉で、「彼を避けないで、嫌いにならないで欲しい」と思い、あえて来歴からはマイナス要因は
できる限り抜かしています。

「海の呪文」、綺麗だとは思われませんか?
やはり女性を知り尽くした人の絵だと思います、
ご覧になって、ただご自分の感性のまま、
感じていただければと思います。

参考お取り引き価格

作品名: Portrait of Edith Williams, later Lady Griffith-Boscawen 1879年作
サイズ: 64.4 x 46.6 cm
価格:  約3千2百万円 (2015年12月)

作品名: Rosa Triplex: A triple portrait of May Morris
サイズ: 77.5 x 88.3 cm.
価格: 約1億7千万円  (2014年6月)

作品名: Portrait of Jane Morris
サイズ: 50.1 x 40.3 cm
価格: 約9千万円 (2016年6月)

written by s.m.yoshida
Dec. 2016